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Channel: 緑の、東京ブログ
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12月の皇居東御苑:皇宮警察本部と百人番所周辺 PART1

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大手三の門跡地前に建っている「同心番所」の建物の全景を撮影しました。「番所」とは警備の詰所のことであり、江戸城内には他に百人番所と大番所の二つの建物が建っています。




「同心番所」の説明板を撮影しました。




同心番所前から、更に石垣で構成されている散策道を道なりに進んでいきます。




二つ目の番所である「百人番所」の建物の全景を撮影しました。その名前の通り、江戸城の入り口周辺の中で最大の番所でありました。




大手三の門を守衛した江戸城本丸御殿最大の検問所であり、鉄砲百人組と呼ばれた根来組、伊賀組、甲賀組、廿五騎組の4組が交代で詰めていました。




百人番所前の広場から北側へ向かって石垣に囲まれた散策道が伸びていて、この道を道なりに進むと荷の丸庭園方向へ抜けることができます。こちらへは進まず、江戸城本丸跡地方向へ向かいます。




百人番所の敷地西側には、済寧館や皇宮警察本部ビル、旧枢密院などの建物が建ち並んでいます。この裏側のエリア内は、私たち一般人は立ち入り禁止となっています。




百人番所周辺を見渡してみると、巨大な石を組み合わせて構築した石垣群が至る場所に整備されています。400年以上が経過しても、石垣というものは残るものなのですね。




百人番所前の広場を、南側を向いて見渡してみました。南側に雲の一段が展開していましたが、北風が吹いていたので気にする必要はなさそうです。




二の丸庭園方向(北側)へ向かって伸びている通路を撮影しました。




広場内から西側を見渡してみると、大手町地区の高層オフィスビル群が広がっているのが見えます。大手町や丸の内の高層オフィスビル群、東京駅のある場所も江戸時代は江戸城の敷地内(大名小路)だったのです。




広場の南側は鉄柵が展開していて、ここから先は入ることはできません。地図で確認してみると、この先は「宮内庁本庁舎」の建物が建っているはずです。




宮内庁本庁舎への鉄柵前から振り返って、百人番所前の広場を見渡して撮影しました。




南西側から百人番所の全景と、大手町地区の高層オフィスビル群を撮影しました。明治維新後の大手町や丸の内一帯は、明治時代初期は明治新政府軍の練兵場として活用されていた過去があります。




陸軍練兵場が別の場所に移転したのち、三菱財閥がこの辺り一帯の土地を買い取って、オフィスビル街を作り上げた歴史です。大正時代になると官営東海道線の中央停車場も開業しています。



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