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Channel: 緑の、東京ブログ
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早春の浅草寺:雷門と仲見世内の散策 PART2

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浅草寺の参道である「仲見世」の中を散策し、宝蔵門や五重の塔、本堂方向へ向かいます。仲見世は完全に観光名所となっていて、多くの人々で賑わっていました。




現在の仲見世の商店街は、関東大震災後の再建によって生まれた建物群となっています。




関東大震災以前の仲見世は、レンガ造りの建物群が参道沿いに形成されていたのだそうです。現在は鉄筋コンクリート製となっています。




再建されたと言っても、それから既に90年近くが経過しているのでさすがに老朽化が目立ってきている印象がありますね。




南北方向へ伸びている仲見世に対して、浅草の繁華街の中を東西方向に通っている商店街やアーケード街がいくつか存在しています。




多くの人で賑わっている仲見世から一歩路地裏へ入れば、昔から続く住宅街の街並みが広がっています。




地元住民向けの商店などが仲見世などの観光地化されていない通り沿いに多いです。




浅草公園の緑地帯の南側を東西方向に通っている「伝法院通り」前にやってきました。浅草寺の境内の中に建っている「伝法院」へ向かうことが出来ます。




「伝法院通り」の全景を撮影しました。こちらも観光客向けの土産物店の比率が高い商店街となっています。




伝法院通りとの交差部を撮影しました。浅草寺の宝蔵門まであと50メートルほどです。




宝蔵門近くまで来ると、更に人通りが増えてきました。




仲見世の散策を続けていきます。左側は「浅草寺幼稚園」の敷地が広がっています。




仲見世の商店街を抜けた先にある「宝蔵門」前にやってきました。浅草寺の中では最も高さのある建物であり、スカイツリーからの展望の中でも目立つ存在の一つです。




宝蔵門の西側に建っている「五重塔」を撮影しました。この五重塔は、東京大空襲で焼けおちて戦後に再建されたものです。




宝蔵門は昭和39年(1964年)に再建された鉄筋コンクリート造で、実業家・大谷米太郎夫妻の寄進によって建てられたものです。門の左右に金剛力士(仁王)像を安置することからかつては「仁王門」と呼ばれていたのですが、昭和の再建後は宝蔵門と称しています。




雷門と同じく、宝蔵門内にも大提灯がつるされていて「小舟町」と大きな絵字で描かれています。




大提灯を見上げて撮影しました。日本橋小舟町奉賛会より寄贈されたもので、2014年10月に架け替えられた4代目の大提灯となっています。



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